6/9、二瓶さんとの初めてのイベント、ろくさん会を開催しました。
「僧侶の方とお話してみたい」という参加者の方の声を予めお伝えしていたので、法衣姿でお越しくださった二瓶さん☺️(場面によっては私服のときもあるそう)
発達障がいについての会というのもあるのか、やはり最初はみなさん緊張されている感じでしたが…
お互いに自己紹介をして、二瓶さんの穏やかで心地よいファシリテーターで会が進むにつれ、場がなじんでいくように感じました🌿
対話に入る前に、二瓶さんが発達障がいの基礎知識についてのお話をしてくださいました。
少し書き留めておきます。
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・発達障がいにも様々あり、(ADHD、ASD、LDなど)どれかひとつに当てはまるというよりは、グラデーションのようなところがある。誰でも要素は持っている。
・困っていれば障がい、困っていなければ特性、と捉えることもできる。
・二次障がい(うつ状態など)が出て病院へいき、発達障がいとわかることもある。
・子どもが心配で連れていったら親が発達障がいだったということもある。
・環境次第では、ものすごい才能を発揮することもある。(起業家にはADHDが多い)
・時代や環境によって、障がいにはならない(なりにくい)場合もある
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障がいはその人の問題ではなく、社会がつくりだすものなのかもしれない、とも思いました🙄
そして発達障がい以外にも当てはまる、
大切なことを伝えてくださいました。
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正常、異常という二つには綺麗に分けられない
普通とは、過半数のこと
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障がい、と聞くと、異常である、というような捉え方をついついしてしまいがちですがそうではなく、正常と異常の区別はとてもあいまいでグレーなところがある、ということ。
「普通」と括ることもここではせず、「障がい」と決めつけることもしない。
そんな優しくふかふかに整えられた場の中で、対話がゆっくりと始まっていきました🍵
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時折二瓶さんの解説や経験を挟みながら、深まっていきます。工夫次第でなんとかなることもある、発達障がい。
少しでも生きやすくなる工夫も話しつつ、悩みをみんなで受け止めながら、寄り添いながら。
聴いている方たちの心も揺れ動き、連鎖し、湧き上がってくるものを話したり、時には涙したりしながら、温かい空気が流れていました。
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まずは自分の感情を聞いてあげる。
そして、相手が発する言葉や態度などの
目に見えるものだけではなく、
相手がどんな感情なのか、を想像してみる。
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障がいの有無に限らず、コミュニケーションに置いて大切なことも学ぶことができました。
みなさんの感想をシェアする時間で出てきた共通の言葉は、「愛」でした。
根本に愛があるからこそ、ここまで悩む。どうでもいい人に対してなら、悩むことはない。
私もみなさんのお話を聞いていて、人が人を想うことの尊さのようなものを感じていました。想うからこそ、ここまで苦しむのかもしれない。
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そして、この場は自然と話したくなるような場所でもあったように感じます。
「話さなければ」ではなく、「話したい」と思える場所は貴重なのかもしれません。
それは、二瓶さんの存在や、みなさんの思いやりや、場の雰囲気など、様々なものが影響していたのだなと思います🌸
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ファシリテーター二瓶さん自身の過去の苦悩についてもお話くださり…
僧侶と聞くと勝手にフィルターがかかって、素晴らしい方だ、と感じることもありますが…
そんな方の背景にあるものや弱さを知ると、僧侶であって、同じ人間であるのだなと気付かされて、より人間としての魅力に気付かされる気がします。
抱えながら、悩みながら、それでも生きていく。
誰もが何かを抱えながら、生きているのかもしれない、そう思わせてくれる機会でした。
二瓶さん、ご参加いただいたみなさん、本当にありがとうございました🙇
次回の開催は8月を予定しています〜。