9/29、2回目のろくさん会を開催しました。
当日のお申込みもあり、7名の方がご参加くださいました☺️
2回目のご参加の方もいらっしゃいましたが、初めてご参加の方がほとんど。
緊張感もありながら、開始前から参加者さん同士の穏やかな会話が始まっていました。
発達障がいの当事者、当事者の家族、
支援者寄りの方、発達障がいというものをほとんど知らない。…
そんな、様々な立場のみなさんが集いました。
最初の自己紹介から、涙を浮かべながら話してくださる方も何名かおられて、覚悟や勇気を持って、今日ご参加されているのかもしれない、と深く感じました。
ファシリテーターの二瓶さんは、前回と変わらず柔らかく寄り添うような雰囲気を纏われて、ゆっくりと進行してくださいました。
「見えている世界は一人ひとり全然違って同じものは一つもない。同じものを見ているようで、みんな違うものを見ている。」
序盤の二瓶さんの言葉が印象的でした。発達障がいに限らず、相手の見ている世界をまず知ってみる。その人の見えているものを一緒に見てみる。
そこから、始まることもあるのかもしれません。
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前半の発達障がいの基礎知識のお話では、どんな障がいの種類があり、どんな困りごとを抱えているのか。という部分を学びます。
障がいはパキッとキレイに分かれるものではなく、それぞれの要素を少しずつ持ち合わせていることも少なくないのだそう。
発達障がいは特別なものではなくて、要素は多くの人が持っているのかもしれない、というお話もありました。
そして、発達障がい自体はそこまで問題ではなく、そこから生じる二次的なもの(うつや適応障がい、周囲とのコミュニケーション、カサンドラ症候群など)に問題が出ることが多いということも学びました。
当事者のご家族の方も何名かおられて、コミュニケーションの難しさに頭を抱えておられる方も少なくないようでした。
過去に経験されている方からのお話も聞くことができ、とてもいい機会になったのではと思います。
経験しているからこそ、伝えられるものがあるのだと感じます。全く同じ状況でなくても、悩んでいることはとても近かったりするのだなあと。
家族だから、気を遣わないでいられる反面、苦しいこともあるし、素を出せることが、お互いにとって幸せなことかどうかは分からない。
家族の中だけで悩むことで深まる闇があるとも思ったので、
新しい世界や同じように悩んでいる人がいるのだと知ることは、大きな一歩につながるのかもしれません。
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そもそも障がいとはなにか、というテーマもありました。
この時代、環境だから、読み書きができたり機械に強かったりコミュニケーションがとれることが能力が高いと思われているけれど、、
アマゾンの山奥だったら?
文字というものがこの世になかったら?言葉がない世界だったら?
今の障がいが、障がいではなくなることもあるかもしれないし、
環境に自分が合っていれば、障がいがものすごい才能として開花することもある。
「普通」の世界とは何か?そんなことを疑うきっかけにもなるのではと思いました。
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そして、、
今日の会で改めて、私自身の発達障がいの特性や症状は、小学生の頃から大して変わっていないのだけれど、
昔と違うのは、安心できる人とつながったり、自分を守るための場所を確保したりと、環境を自分に合わせていることなんだなと思いました。
このろくさん会も、安心できる場所であり、みなさんにとってもそうであればいいなあと感じています。
最後に、
ファシリテーターの存在の素晴らしさを、今回強く感じさせられました。
二瓶さんのバックボーンも含め、ファシリテーターがどんな人なのか、どんな言葉を使い、何を発するのかで、場の雰囲気は全然違ったものになるのだと思います。
場が少し固くなったり、重い空気になったりしたときも、それを瞬時に感じて優しい風を送り込むような存在だったなと思い返しています。
二瓶さん、ご参加されたみなさん、本当にありがとうございました。